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 トルコ経済

親日国家であるトルコ

「トルコ人は親日だ」というのはなにかとよく聞くフレーズですが、では、どのような理由でそのような説が言われているのかを調査してみました。
これを読めば、トルコという国がもっと近く感じられるようになるでしょう。

エルトゥールル号遭難事件

まず、トルコと日本の友好を表すエピソードとしてよく語られるのが、このエルトゥールル号遭難事件です。

1890年、エルトゥールル号というオスマン帝国(革命が起こる前のトルコ)の軍船が日本に友好の使者として派遣され、明治天皇に会い無事日本訪問を終えた帰路、台風の影響で起きていた強風にあおられエルトゥールル号は和歌山県の串本沖で遭難しました。

結果として600人以上いた乗員の大半は亡くなり、奇跡的に生き残ったの69名の船員は付近の住民の手厚い看護を受け、その後の明治天皇の勅令で日本海軍の巡洋船でトルコに無事に送り届けられました。この時日本側が懸命な救助活動をしたということがトルコではよく語られているようです。

トルコ初代大統領が日本を目標にしていた

第一次世界大戦後、敗戦国となったオスマン帝国は存亡の危機を迎え、結局そこから革命が起こり現在のトルコ共和国が生まれました。

そしてそのトルコ革命の指導者であり、トルコの初代大統領として有名なムスタファ・ケマルという方が、明治維新から列強国にまで上り詰めた当時の日本を大変評価し、目標としていたようです。

彼は特に自身と同じ国のトップである明治天皇を尊敬していたようで、なんと明治天皇の写真を自分の机に飾っていたようです。

また、ムスタファケマルは現在でもトルコ国民の間で絶大な人気があるらしく、それもトルコの親日感情を育んでいるようです。

日露戦争での勝利

日露戦争で日本が勝利したことも、トルコの親日感情を呼び起こすようです。

というのも、トルコ(正確にはオスマン帝国)とロシアは歴史的に不倶戴天の敵であったからです。
ロシアとオスマン帝国は地理的な問題から衝突を繰り返しており、しかも若干分が悪かったのです。

更に日露戦争が起きた1904年にはオスマン帝国は完全に衰退期に入っており、ロシアは不倶戴天の敵どころか完全に脅威でしかありませんでした。

しかし、明治革命から間もない、ぽっと出の日本がロシアに勝ってしまったのです。しかもオスマン帝国にとっては大嫌いなあのバルチック艦隊も撃破して…

時系列順に整理すると

1890年、エルトゥールル号事件でトルコ人の救出。

1905年、日露戦争勝利。バルチック艦隊撃破。

1923年、ムスタファケマルがトルコ共和国大統領に就任。大嫌いなロシアを破った日本を、革命の参考にする。

こう見ると非常にわかりやすいと思います。
勿論他にもエピソードはあるのですが、大凡この流れがトルコが親日感情を持つようになった理由なのではないでしょうか。

それと日本とトルコの間で戦争等の衝突が殆ど無かったのも大きいと思います。地理的な意味で適度な距離感があったのは国同士の関係では非常に重要だったのは言うまでもありません。

トルコも日本を助けた

トルコが日本人を助けたエピソードも有名です。1985年に起きたイラン・イラク戦争での一件です。

戦争中にイランの首都テヘランに取り残された日本人を、トルコ側が危険を顧みず、飛行機を出して救出したのです(ちなみに日本は諸事情によりイランに航空機を派遣出来ない状況でした)

これによりトルコはエルトゥールル号事件の借りを日本に返したという形になりました。ちなみにこのエルトゥールル号からイランイラク戦争の流れは映画化もされているようです。

経済、技術援助

先程の感動的なエピソードからやや現金な話になってしまうのですが、これも大きいと思います。別にトルコだけに限った話ではないのですが、日本はトルコのインフラ整備を援助しています。

これが対日感情にプラスになる事はあってもマイナスになることはないでしょう。

編集部
ライター:編集部
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